
壊れたこと、壊れたものには美しさが宿っている。破れたカバン、穴のあいたセーター、割れた宝石はどうにも格好いい。
パリのルーブル美術館の近くで静かに佇むアンティークショップでインタリオのリングと出会った。お店にいた紳士然としたオーナーがその歴史的魅力を説明してくれた。いつかこれを超えるものを作ってみたいと思った。
旅先はいつも、こんなふうに創作の楽しみをもたらしてくれる。ヴィンテージを愛する人たちはよく、過去の加工技術や風合いをそっくりそのまま再現することに精を出すが、せっかくなら、世の中まだ誰も試していないやり方で、新しい歴史を作るくらいのものに挑みたい。昔、父のクローゼットで見つけたライダースを思い出した。シルバーアクセサリーをボタンに用いたライダースで、あまりの豊かさに笑ってしまった。多感な自分が見た景色は、いつまでも美の道標を示してくれる。
割れたジュエリーをボタンにして、上等なレザージャケットのうえにのせてみよう。
「ボタンにしたいんだ」と、尊敬する職人さんたちにお願いしに行った。もちろん最初からスムーズにことは進まないよ、誰もやったことがないんだからね。でも、彼らのすごいところは、「No」と絶対に言わないところ。下手な人、自分を守りたい人ほど「それはできない」とすぐに言う。自信のなさの表れだし、自らリミットを決める人では可能性は広がっていかない。でも、上手い人はなんとかしようともがく。上手だから正々堂々としている。諦めない人だから腕に磨きがかかっていく。試行錯誤した末に、発想から2年半かけて、オニキス、ラピスラズリをそれぞれシルバーの破片と繋ぎ合わせたジュエリーを完成させてくれた。レザージャケットはまた別の職人さんに作ってもらっていたから、ふたつが初めて揃った瞬間は、ワッと声が出た。コレクションのひとつに過ぎなくても、ここには国だったり、技術だったり、感覚だったりが詰まっている。芳醇な文化と歴史の結晶。天井がひとつ抜けた気がした。この瞬間のためにも、ものづくりはやめられない。



―――「最初にクラッシュコレクションのイメージリングを見せてもらったとき、正直、とても難しそうだと感じました。金継ぎのなかでも、異なる陶磁器の破片をあてがって、パッチワークみたいに繋ぎ合わせる“呼び継ぎ”という手法に似ているとも思いました。そもそも私たちは、金属加工がメインの工房なので、石を割るなら、石を仕入れている石屋さんにお願いをしないといけない。それがまず、第一の関門でした。石をきれいにすることが仕事の石屋さんへの依頼としてはかなり不良ですし、案の定、“なぜわざわざ割るのか?”という疑問が大きく、話をとおすのに一苦労。ただ私たちもしつこいものですから、割った石を再度研磨してもらうことやハート柄を彫ることまでは難しかったものの、割るところまではどうにか応じてくださいました。それがクリアして、やっと本題。割れた石の側面を金属で埋める手法を見つけるのにも、とても腐心しました。前代未聞だったので独自の方法を編み出さなければならなかったですし、ひとつうまくいくだけではまだ不十分。100%の成功率で量産できるまでにトライアンドエラーを重ねて、ついには2年半が経ったというわけです。これだけでペンダントとして売っていてもおかしくない代物ですよ。ポータークラシックとのものづくりは、常に突拍子もない挑戦です。たいてい、完成までに数年かかるのが普通になっています。ビーズシリーズのときも、留め具部分がS字型をしていたのですが、洋服などに引っかかりやすいうえにビーズよりも目立ってしまっていたため、インビジブルな留め具で作ってほしいという依頼から始まりました。そこから長いリサーチ期間の始まり。特許を持っている留め具にたどり着いて商品化するまでに、こちらは5〜6年もかかりました。留め具だけでなく、ビーズ内側のワイヤーが切れてビーズが散らばってしまわないように切れにくい特殊な糸を使っていたりと、完璧に近い仕上がりになったと思います。留め具ひとつにも妥協せずに着け心地を追求できるのも、ポータークラシックならでは。伝統を重んじながらも新しい形を生み出すことができるのは、職人冥利に尽きますね」

型にハマらないものづくりを成し遂げる彼らは、なんといっても技術力に長けている。50人ほどが働いている工房で、平等にその技術が磨かれている。
―――「ジュエリー業界は合理的な分業制が一般的ですが、会社の願いは“ゼロからすべてを作り出せる職人になってもらえること”なので、石留めや磨きなどの単一作業だけをやってもらうことはありません。バブル期の忙しさのなかでは分業や流れ作業でもよかったですが、今は時代が違う。単純作業は中国やベトナムやタイなどに海外発注が基本となった現代で、私たちの会社もベトナムに子会社を持っているし、日本人はより高い技術が求められる。技術力のある職人とは? と問われれば、それは至極シンプルな平打ちリングを正確に早く作れる職人だと答えます。複雑な装身具のほうが難しそうに感じるかもしれないですが、シンプルな形状のものほどごまかしが効かず、技術が露呈するのです。つまりは、基礎が身についているかどうかですべて決まる。なので、製造部に入社した社員には、新卒、中途関係なく、最初の1年間は仕事を振らずに基礎を教えることにしています。ヤスリを掛けるなどの手を動かす動作を繰り返すことにとどまらず、この石はなぜ熱湯に入れてはいけないのか? この金属と金属はなぜくっつくのか? といった知識も教え込みます。ほかにも、世の中の仕事の流れの話もします。目の前のすべてだけが見えている場合と、全体の一部として見えている場合とでは、責任感や立ち居振る舞いが変わってきますから。こういった座学の授業は1週間に1回1時間、入社3年目まで続けます。希望者は外部講師を招いた技術ゼミやパソコン教室などにも通えます。もちろん会社が負担しますし、仕事をしない1年目は稼ぎを持たないので、正直いうと赤字です。でも、こうやって基礎を徹底的に吸収すると、工場に入ってからすぐ、圧倒的に土台が固まったものづくりをできるようになり、基礎をもとに応用がきく職人になれるのです。正式に配属が決まるのは3年目以降。ただここで、性格や素質を鑑みてどうにもジュエリー作りが向いていない方には、こちらから“ごめんなさい”とお伝えすることもあります。酷な話に聞こえるかもしれないですが、向き不向きは結局、本人自身が一番わかっていること。別の道で才能が眠っているかもしれないのなら、本当のことを誠実にいう勇気を持つことも、雇う側の責任だと思うのです」

彼らと対話をしていると、粘り強さと基礎的技術を持っているだけでなく、「格好いいもの」を見て学んでいることにもリスペクトの気持ちが湧いてくる。“格好いいは人それぞれ”という言う口もあるが、そうではない。格好いいものは、50年前も、今も、50年後も一生格好いいままでい続ける。絶対的な「格好いい」が存在していると信じている。それを知らないままにものづくりをしていては、本物の神様はいつまでも微笑んではくれない。
―――「機械的に作り続けるだけでなく、“何が格好いいか”をキャッチボールのできる職人もまた、信頼に足る職人ですよね。とはいえ、山梨にくると、いくらアートやカルチャーが好きな人たちでも東京や大阪などの都会からは足が遠のいてしまい、インプットの機会が年々減ってしまいます。特に若手は貯金もなく、億劫になってしまうのも無理はないですが、会社としても本物に触れていてほしいので、3年ほど前から、見ておくべき展示をこちらでピックアップして、行った人には往復交通費と入場料を福利厚生で賄うことにしています。その代わり、レポートと領収書は出してねって。大きな効果がすぐに現れるわけではないですが、職人同士で“あれ見た?”“あれが格好よかった”と、ものをとおした会話が広がっていく。克さんや玲雄さんから、“これが格好いいんだ”とイメージソースを見せていただいて、共鳴したり感化されたりするのが楽しいように、次世代の職人もそうなってくれたら嬉しいなと思っています。あと、農園を営んで、晴れの日は職人たちが農作業をしていることも、メーカーらしからぬ会社の風習でしょうか。毎日ひたすらデスクワークで、冬は暖房、夏は冷房の中でぬくぬく過ごしていると身体性が養われない。“人間は本来、お天道さんが当たっている時間は外で体を動かして、雨が降っているときは室内で仕事に励む晴耕雨読だろう”という創業者の声から始まった仕事のやり方です。みなで育てた野菜は、お世話になっている方々へのお中元やお歳暮にもなっているんです」
着心地、履き心地、着け心地……。大事なのは、いろんな“心地”。クラッシュコレクションは、働き心地も尊重するジュエリー職人たちに命を吹き込まれたもの。腕をとおせば、きっと、何かを感じられる。

