村上俊実 対談
December 20.2015
※HAPPY HOURでは編集を行っていません。ゲスト及び参加者の発言内容に対し一切の責任を負わないものとします。
MURA
1972年生まれ東京出身。本名村上俊実・通称ムラ。M&M代表。
都内に数あるショップ、レストラン、カフェなどの内装、デザインを手掛ける。
自身でもアパレルライン「M&M Custom Performance」を展開。
ムラ
克はいい年とったから、俺たちよりもっと物の見方がさ、年とるとさ涙もろくなるって言うじゃん。俺も、単純に涙腺が弱まるとかさ、そういう肉体的な問題だとか言うけどさ、年とるとさ、俺も子供育てて思うけど、色んな世の中で起きてる悲しい事件とか置き換えられるじゃん、自分に。それを肉体的な衰えっていうより、その、色んな事を知ったからさ、例えばそれを悲しいとか嬉しいとかさ、感受性が豊かになったっていうよりも、自分に置き換えられるような幅が広がったって感じだよね。
克
待ってたんだよそれを。(笑)
ムラ
だから克はよく泣くし、よく笑うしさ、だから俺も子供育てて思うのは、育てれば育てるほど子供がらみの事件の酷さとかさ、感じるしさ。何かの本で読んだんだけど、年をとると要するに、もう腕に傷がいっぱいあるような、目のガラスに傷がいっぱいあると、それを透かして世の中を見るとまっ透明なガラスより反射するじゃん、傷だらけのガラスのほうが、ガラス瓶のかけらみたいなの透かすと、綺麗じゃん。その傷だらけのガラスで見る、道端に生えてる草や花を見ると、キラキラ光って見えるでしょ、だからその年をとって目に傷を、傷だらけのガラスで見る世の中の風景っていうがすごい輝いてるって。
レオ
凄いねえ~!
ムラ
克の目はもうガラスが傷だらけなんだけど、年をとるから傷だらけになって、世の中に揉まれて傷だらけになったガラスに、そう傷だらけのガラスに透かして物を見るとさ、何でも光るじゃん、キラキラ。
克
うまいねえ~!
ムラ
いや俺が言ったんじゃなくて。
克
今日は飲んじゃうぞ!!!
ムラ
それを読んだとき、ああ確かにそうだなって、年をとるっていうのはそういうさ、傷を。。。
レオ
いい表現だねえ。
ムラ
傷を負ってさ、色んな人生の経験重ねるからこそ。
レオ
何かで読んだの?
ムラ
何かで読んだよ。他人のことを自分に置き換えて感じられるから、涙もろくなる。
克
こいつはずっと大工の仕事をして働いてるだろ、無骨な分厚い手でさ子供をしっかり抱いてあげて、自分はこうやってるんだぞっていうさ。あの子達が大きくなったとき親父は昔は凄かったなって、子供たちは絶対それ見てるからね。素晴らしいと思うよ。あれだね、あの、「青春の門」のさ、塙竜五郎だね。入れ墨してるんだけど子供を大事にしてさ、女房をちゃんと満足させてさ、カッコいいと思わない?明治の男!
ムラ
いやあ、俺がラッキーだというか、楽なのは、仕事してるのが子供に分かりやすいじゃん。サラリーマンはさ、会社入っちゃってさあ、ビルん中入っちゃって行ってきます。子供は俺がやってる、作業してる風景もそうだし、こうやって店も見れるじゃん、こういう空間に一緒にいられるじゃん。
レオ
分かりやすいんだよね。
ムラ
分かりやすい。俺は本当ラッキー。伝えられないじゃん。
克
子供はそれ見てて、どんな学校より良い教育だよそれ。
ムラ
認められるっていうのはすごくラッキーだよ。
コージ君
だってサラリーマンなんかさ、毎日さ、暑い日もジャケット着てネクタイっていう何だろう、当たり前の努力、報われない努力をすごいしてるのに、案外今の若い子達は、「うちの親なんか普通のサラリーマン」みたいな、それがどんな大変か。
克
コーちゃんコーちゃん、そういう風に言われると、俺らの仲間でサラリーマンいないよな。(爆笑)
レオ
それに似たあれなんだけど、僕が例えば本を書いて、逆にね、うちのお母さんっていうのは日本語が読めないから、その、体験できない、っていうのも可哀想だなあと思って分らないって所が。
ムラ
けどあれでしょ、玲雄のお母さんは、それを30年もやってきてるので、違うところで感覚が優れるんでしょ?例えば目が見えなくなると耳がとかさ、まあ日本語読めないから、逆に鋭いこと言ったりさ。まあそれはしょうがないよね。玲雄のマミーもそれは諦めてるっていうか、慣れてるでしょ。最初は大変だったろうけど。
克
ただ、孫が出来てから変わったね!全てが変わったね。
ムラ
ふうん。そうだよ多分、克とマミーの戦いっていうのは大変だったと思うよ。当時としては。孫が出来て報われるっていうか、あのときのあの大変な思いがこの為にあったっていう感じはあるよね。
克
本当そう。
ムラ
「これかあ!」って感じするよね。
克
本当。
ムラ
テツの、親友っていうか死んだやつと、近いからさ、しょっちゅう家族ぐるみで遊んでたんだけどさ。
克
若くて亡くなられたの?
ムラ
そう、俺より2つ下で、肺がんで。
克
あら。
ムラ
そう、けど、人は死ぬじゃん。
克
そりゃそうだ。
ムラ
単純に。人が死ぬ事にみんな一喜一憂してるけどさ、それよりももっと凄いのは生まれることじゃん。
克
そうなんだよなあ。
ムラ
生まれてから死ぬのは分かってるんだよ、俺も死ぬし。全員死ぬんだよ。克より先に俺だって誰だって死ぬ可能性あるんだし。
レオ
生まれるのは分かんないからね。
ムラ
生まれるっていうのは大変なことなんだよ。これがまた。俺たちはほうっておけば死ぬんだよ。ほうっておいたって誰も生まれないじゃん。だからその、生まれることって、死ぬ事でみんな考えさせられたりとか、落ち込んだりとかしてるけど、人が死ぬって俺は良い事だと思ってるの。そうやって意識できるような。立ち位置を意識できるような。それと同じくらい生まれるってことも、すごいことじゃん。だから俺はその、人が死ぬ事は大したことだと思ってないというか、自分が死ぬことも大したことだと思ってないので。けど、子供がいると、克も孫が生まれて思うのは、より、繋がっていく感じってあるじゃん、克の次に玲雄がいて、玲雄の次に、んで、玲雄は克とマミーの子じゃん。それで、玲雄がいるけど、克の孫は玲雄でもなければマミーでもないじゃん。奥さんがいて。いやあ人の何か、凄いよねえ。
克
理屈じゃないよな。
ムラ
俺が思うのは、生まれようが、死のうが、全部の長い流れの一個じゃん。
コージ君
家系図とかすごいことになるよね。自分から始めようが、どっからスタートしようがいいんだけど、凄いスケールだと思うよね。
ムラ
うん凄い。だからあまりにもバカバカしいんだよね。その死んだことに一喜一憂したとか、そうじゃないんだよ。ものすごいスケールでおきてることの、何か本当一瞬なんで、俺なんか別に死んだって、死ぬ事恐いとかもないし、ま、痛いのは嫌だけど。
克
昔は痛いの強かったのになあ。
(この日一番の大爆笑)
ムラ
すごい流れの中の一端なんだ。だからあそこはその繋がりとして、やったなって感じだよ。